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【社会人の先輩・松永さん 】【1年目】 仕事やこれまでのキャリアについてざっくばらんに聞いてみる(1/3)

人生の転機に知り合ったなぁと思う人がいます。名古屋のテレビ局に勤務後、ラジオ番組の制作会社に転職し、今は独立して名古屋で映像関係の制作会社をやっている松永さんです。番組・映像制作だけでなく、Kindleで本を出版したり、名古屋周辺の地域情報のポータルメディア「とこブク」を運営したり、日本マウスパッド投げ連盟の事務局長だったりします。

知り合った当時の私は19歳。浪人生の終わり、大学に入学する直前で、自分で決めた突然の進路変更にまだ少し自分でもびっくりしていた時期に、ラジオ番組がきっかけで出会いました(記事を書いている今は29歳!ちなみにこのインタビューをしたのは2012年の7月なので、そのときは27歳。書き起こすまでにずいぶんと寝かしてしまいました!)。
前回のナオミのインタビューでも書きましたが、当時、私の「仕事」の視野は大変大変せまかったので、颯爽とタキシードで現れた松永さんを見て「え!仕事なのになんかすごい楽しそうなんですけど!なんだこの人」と、衝撃だったのを覚えています。学生時代にも作品を見てもらったり、就活の相談に乗ってもらったり、ヒポポタマスに仕事を依頼してもらったり、会社の仕事のもやもやの相談に乗ってもらったり、この人に出会っていなかったら、私は今、もしかしたら制作を続けていないかもしれません。

私から見た印象は「青写真を描くのがうまい(特に変なことの)」「興味の向くままに行動」「人たらし」という感じでしょうか。いつもに増してインタビュー内容が散漫になってしまったのですが、名古屋の丸の内のイタリア料理店で、ぱりぱりに揚げたエビとかを食べながらお話を伺いました。
※前述のとおり、インタビューをしたのは2012年の7月です。に、2年前…。


森:松永さんのお父さんってお仕事何してはったんですか。

松永さん(以下、マ):航空管制官。

森:へー!

マ:もう引退してて。今、なんかね、シルバー人材センターで植木の整備というか草むしったりとか木の剪定したりとか、そういう仕事やってる。植木職人が夢だったらしい。

森:航空管制官は夢じゃなかったんですか(笑)。

マ:それも夢なんだけど、年とともに変わってきたんじゃないの、たぶん。

森:セカンドライフの夢。

マ:なりたくてしかたなかったんだって。

森:ふーん。(お父さんは)庭とか好きなんですか。

マ:庭いじり大好き。植物も大好きだからね。2月に親連れてバリにいったんだけどさ、もう花とか木ばっか見てるもんね。めずらしいから。

森:全然違いますもんね、日本とは。

マ:日本帰ってきてからいろいろ調べて、「ああ、あれはこれだったんだ」とかいろいろ発見があったらしい。で、「もう一回行きたい」って言うから来月連れていく(笑)。

森:いいですね。

マ:今度は大阪から(出発)なんだよね。もう名古屋便が無くなっちゃったから。

森:ああ。

マ:2月に行ったときは(3月で)名古屋便がなくなるからって、航空会社の人もわりと安く提案してくれたから「あ、じゃあ親を連れていこう」と思って。

森:ふーん。

マ:海外旅行なんか行く二人じゃないのよ、全然。おかんなんてパスポートも持ってなかったもんね。

森:(ご両親は)旅行自体はけっこうされるんですか?

マ:旅行は好きなんだけどね。母親はなんか「身体の調子があんまよくない」って言って、近所のスーパー行くのもおっくうになってたぐらい。で、すごい心配してたのね、うちの親父が。「飛行機に乗って旅行なんて絶対無理だと思うよ」って。だけど連れてったらすごい元気になっちゃった(笑)。

森:笑。

マ:やっぱお年寄りって温かいところに行ったら元気になるね。本当に身体の調子がよくなるらしいよ。今回は夏だからあんまわかんないかもしんないけど、冬はだいぶ違うみたい。むちゃくちゃ歩いてたもん(笑)。まさか半年後にまた行くとは思わなかった。


このあと、転勤後、営業に転向したばかりの私の近況報告の流れから、なぜか見積もりについての相談(?)がはじまりましたが、メンターとの面談のようなくだりは割愛します。


森:映像制作は見積もりが難しそうですよね。

マ:うん。本当むずかしい。だから結局、制作が営業兼ねるのが一番いいんだよね。感覚でわかるから。お、この会社は修正が多そうだ、とか。

森:ああ。

マ:この担当者は、

森:めんどうくさそうだ、とか。

マ:そういうときは思いっきり(金額を)乗せられるだけ乗せちゃうからね(笑)。
撮影とか編集なんて、それこそ時間はだいたい読めるし。あとは、企画を考えるのにどんだけ時間かけるのかっていうところと、お客さんとのやりとりにどのくらい時間がかかるのかとかかなぁ。

森:うん。

マ:放送局だけと仕事してる分にはそんな見積もりを出すことはないんだけど。放送局はもう総額を示してくれる。この金額でできる範囲でって。この予算で何ができるか提案してっていうやり方だから。

森:ずっと謎なんですけど、放送局ってそういうときにどこまで指示というか枠、こういうのをやってっていう条件をくれるもんなんですか。

マ:それも番組によるよね。たとえばスポンサーがついてたら、ある程度スポンサーの言いなりになるもんね。スポンサーも関係なくやっていいよっていう番組だったら本当にフリーだよね。

森:ふーん。

マ:(フリーの番組の場合は)まったく方向性さえ示されずに、ジャンルだけだよね。「音楽番組」とか「スポーツ番組」とか。

森:プロデューサーはテレビ局の人なんですか。

マ:そうそう。でも、プロデューサーっていうのは基本的には予算管理しかしないから。あとはまあ細々した権利関係とかね、本当に調整役。なかには番組の中身についていろいろこだわる人もいるけど、今はあんまりそういう人いないかな。昔はそうだったけど。
今、放送局も完全にサラリーマン化してるんで、だからもう分かんないんだよね、彼らも。どうやってつくるのかとか。

森:それって制作会社に制作をほぼ投げているから?

マ:そうそう。

森:昔はそうじゃなかったんですよね。

マ:じゃなかったと思うよ。うん、自分たちでつくってた。俺がいたときも半数ぐらいは社員でつくってたよ。外注で(社内に)常駐してる人もいたけど、でも半分以下かな。ほぼ内製化してたんだけど。今はもうほぼ外注だよね。テレビ局もそこまで設備投資する余裕もないしね。

森:ますます制作ノウハウのストックがなくなっちゃいそうですね。

マ:放送局にもよるし、番組にもよるんだけど、報道はわりと社員がやってるよね。ニュースは。
報道はなんで社員でやんなきゃいけないかっていうと、本当のジャーナリストはダメなの。たとえば、原発の問題とかでも本当のジャーナリストとかはものすごく批判的なことを言うでしょ。それは困っちゃうんだよね、放送局にとっては。

森:はー、そうか。放送局的にこれは言っちゃだめ、これは言って大丈夫ってのを判断しなきゃいけないから。

マ:今はどうかわかんないけど、すごい金額だからね、(スポンサーとしての)電力会社からのお金。でも、まあ、そういう広告のシステム自体が今は成り立たなくなってきてるというか、おかしくなっちゃってるよね。

森:「広告」というシステムを考えた人はすごいなと思います。ああいう仕組みでお金をとろうって。

マ:あのね、でも逆なんだよね。実は広告ありきで(放送を)やってて。広告とは当時思ってない。ウルフマン・ジャックってもう亡くなっちゃったんだけど。昔、伝説のDJみたいな人がいて。

森:ほう。

マ:興味があれば貸してあげるけど、その人の自伝があってね。これ本当おもしろいんだよね。昔、どんだけラジオがあやしいものだったかってやってて。

森:ふーん!

マ:アメリカで1920年代にラジオ局が開局し始める。当時はなんにも規制がなかった。やりたい人が(放送)できる!送信機を買えた人ができる。
だけど、(ラジオは)一大産業になったわけだよね、やっぱ。都市部に住んでる人はまだいいけどアメリカなんて広いからさ、田舎に住んでる人もすごく多い。そういう人たちは娯楽がないからさ、ラジオは彼らにとって最高の娯楽だったわけだよね。

森:うん。

マ:で、やっぱり経営者は考えるからさ。最初に何をやってたかっていうと、別に音楽をかけるとかいい情報を流すとかニュースを流すとかじゃないんだよね。モノを売るための手段でしかなかったわけ、ラジオって。

森:広告ありきなんですか。

マ:というより広告からはじまってんの、アメリカのラジオは。日本は違うんだけど。
少なくともアメリカのラジオは、その自伝を読んでるとそうなの。だからあやしいものばっか売って大儲けした人たちがどんどんどんどんメディア王になっていって。で、あるとき、「こりゃだめだ」って言って規制する省庁、お役所ができて、規制するようになったの。

森:へー。

マ:日本のメディアでいうとフランク馬場さんっていう人がいて、在日アメリカ軍の文化担当だったの。で、その人が「日本のNHKがだめだ!」って。言ってみたら今の北朝鮮みたいなものだからね、当時の日本なんて。

森:そうですね。まあ今もちょっとどうかわかんないけど。

マ:アメリカはもう当時民間放送ってのが確立されてたから。「タイム」と「スポット」って考え方で、「タイム」は完全にクライアント(スポンサー)寄り(の放送)。「スポット」は放送の中身には(スポンサーは)口出ししないっていう、その二つのやり方で(放送を)持ち込んだのね、日本に。で、なるべく「スポット」を売りなさいっていう考え方だったんだよね。当時のTBSはフランク馬場さんの意向に沿った内容しかできなかったのね。まだ占領下だったから。ところが…
フランク馬場さんの晩年をテレビ朝日が一回取材してんだけどさ、「今の日本のテレビを見てどう思うか?」って。

森:テレ朝が。

マ:テレビ朝日はまだちょっと骨があるからね。そしたらもうね、「失望してる」って。「通販とか専門チャンネルじゃないんだから」って。フランク馬場さんの理想としてたものからは相当かけはなれたものになってる。

森:へー。

マ:フランク馬場さんはNHKも改革した人なんだよね。民放をつくる前段階で、とりあえず今この放送局(NHK)をなんとかしなきゃいけない。で、生まれたのが「のど自慢」だったり、今はもう残ってないけど「街頭録音」っていう番組で。
とにかく街の人の声を届けるって。それまでは天皇とか政府側の声しか届けてなかったわけだよね。それは「上から下へのメディア」でしかなかったんだよね。だけどこれじゃだめだって。「下から上へ」っていう考え方。アメリカ人らしいよね。そういう番組が一気に増えた。

森:うん。

マ:興味があって一時期調べたんだけどさ、名古屋も白川公園に米軍キャンプがあって。まさに丸の内、うちの会社のすぐ北に中学校があるんだけど、そこに名古屋のNHKがあったの。敗戦になって、(米軍が)名古屋に入ってきたのが9月何日だったかな。当時NHKは、名古屋は第1放送と第2放送ってのがあって。第1放送は東京からの放送を流して、第2ってのは名古屋ローカルの番組。米軍はNHKの名古屋ローカルの方のチャンネルを、まあ没収だよね。あるとき何の予告もなく英語の放送に切り替わっちゃったわけ。

森:へー!

マ:その当時の中日新聞が県立図書館に残ってんだけど、「名古屋中央放送局からのお知らせ」ってのが新聞の一面に載ってて。「問い合わせが相次いでいる第2放送に関してですが…」っていう(笑)。そりゃそうだよね、朝ラジオつけたらいきなりノリノリのジャズとかが流れてくるわけだから。「新たにチャンネルを追加して、第2放送のさらにうえの周波数でこれまでの(NHK)第2放送はやっていますのでひきつづきお聞きください」みたいなそういう広告が載ってるわけ。
当時のことを想像するとすごいおもしろいんだよね。東京にFEN(Far East Network、現AFN)ってあるでしょ?あれの名古屋版。朝、いつものNHK第2放送を聞こうと思ったら、WVTCっていうアメリカのコールサインのついた放送局にいきなり切り替わってる。

森:カルチャーショックですね(笑)。

マ:NHKが60周年か何かで出した小冊子みたいなのが図書館にあって。戦時中と戦後といかに大変だったかみたいなのを引退された方々が手記で残してるんだけど、当時「すごくうらやましかった」と(笑)。上意下達(じょういかたつ:「組織の上層部・上の者の考えや命令を部下・下の者に知らせる」の意)の仕組みで原稿どおり読まないと怒られたのに、隣ではガム噛みながらレコードまわしてるアメリカ人がなんかすごく楽しそうに笑いながら(ラジオ放送を)やってると。

森:笑。

マ:笑うこと自体許されなかったわけだから、NHKでは。相当カルチャーショックだったろうし、そういうことを叩き込まれた人には衝撃だったろうしさ。(アメリカ人は)いとも簡単におれたちの放送というものをつぶしてくれたな、と。だけど、それで喜んだ人たちきっといっぱいいたんだよね。

森:アメリカは「下から上へ」ってのが、なるほど、と思いました。

マ:アメリカは今でも国営放送でVOA(voice of America)ってのがあって、昔ほど役割はないけど、今で言うとミャンマーとかに行くと聞けたりするの。日本でも聞けるんだけど、短波で。インターネットでも聞けるし。国営放送なんて堅いイメージあるんだけど、何種類かチャンネルがあって、ずーっと音楽だけ流してるチャンネルもあるのよ。国営で。

森:ふーん。

マ:「Music Mix」だったかな。で、一時間に1回だけVOAが編集したニュースを流す。まあ国の声だよね。で、あとはずーっとロックとかが普通に流れているわけ。あれがやっぱりアメリカだよなと思って。あと、日本時間ちょうど12時からはじまる「Border Crossings」なんかは「リスナーの生の声をつなぐ」っていう狙いで、世界中から電話でリクエストを募集して自由にしゃべってもらうって番組なんだけど。別にそれ、アメリカ政府がお金出す必要ないじゃんね。

森:そりゃそうですね。

マ:だけど、「アメリカっていうのはこういう国ですよ」って示すにはすごく大事な番組なんだよね、ああいうのが。「民意を反映していますよ」っていう。あくまで理想だけどね。

森:なんかそれっていやらしいのかいやらしくないのか、どうなんやろうと思いました。

マ:微妙なところだとは思うよ。

と、ラジオや放送の歴史のへー!な話を聞いたところで、その2へと続きます。
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by moriko_2011 | 2014-07-22 00:25 | 08_社会人の先輩・松永さん

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